みっつめのはなし/竜の皇子 08

 ルーノ…
 だれかが呼んでいます。
 ルーノ。起きるんだ。ルーノ……
 …お父さん…?
 ルーノは夢の中で思いました。それはルーノがまだ小さい、赤ちゃんの頃聞いた、お父さんの声でした。
 お父さん…!
 ルーノは目を覚ましました。見ると、ルシェが貝殻の先でルーノの頭をつついているのでした。
「どうしたのル…」
 ルーノの口をルシェがふさぎました。
「わわわるいのはミミミミェニョンだよ」
 小さな声でルシェが言いました。
「えっ?」
 ルーノはルシェの言葉の意味がわかりませんでした。
「どういうこと?」
「ボッボクもよくはわからないんだけど…赤ちゃんをねっねっ狙っていいいたのは…ミェニョンだったんだよ。ミェニョンは、うっうっ歌でボクたちを眠らせて……ボッボクが殻の中で目を覚ました時はみんな眠ってて…そしたら黒い猫が出てきて……キッキミも連れて行かれそうに…」
「何言ってるの。ねぼけてたんだよきっと」
 そしてルーノはミェニョンに声をかけました。
「ミェニョン。すてきな歌ありがとう。でもつい眠っちゃって…」
 ミェニョンはつぶやきました。
「あら。もう起きちゃったの。まあいいわ。また眠らせればいいんだもの」
 するとゾーシャが叫びました。
「その少女にだまされるな!」
 そこでやっとルーノはゾーシャがいることに気づきました。
「あっ!おまえ何で戻ってるんだ!?」
「いいから赤ん坊を取り返せ!」
 それを見ていたミェニョンが言いました。
「…今回はフラルはあきらめましょう。けれど赤ちゃんはもらっていくわ」
 そしてミェニョンは天井に向かってさっきのキーンという音を出しました。どうくつがびりびりと揺れて、天井にひびが入りました。
「じゃあね」
 ミェニョンは赤ちゃんを抱えてどうくつを出ていってしまいました。
「待てっ」
 ゾーシャが後を追おうとしましたが、まだ頭が痛いのか、立ち上がるのがやっとです。天井のひびはだんだんひろがっていき、小さな石が落ちてきました。どうくつが崩れだしたのです。
 ルーノはやっと気づきました。さっきルシェが言っていたことが正しかったのだと。
「ルシェごめん。キミの言ったことちゃんと聞かなかった…」
「いいいいいんだ。それよりも早くみみみんなを起こさないと!」
「それはオレがやる」
 ふらふらした足どりでゾーシャが近づいてきました。
「こいつらはオレが絶対助ける。だからフラル。お前は赤ちゃんを連れ戻してくれ。頼む」
 ゾーシャがじっとルーノを見つめてきました。その顔は、街で会った時の冷たい顔ではありませんでした。
「わかった」
 ルーノは強くうなずいて走り出しました。
 ルーノは知っていました。お父さんとお母さんがいないことが、どんなにさびしいのかを。だから絶対赤ちゃんを助ける。そう心にちかいました。

 どうくつは同じような横穴がいっぱいあいています。どっちに進んだらいいのか、わからなくなってしまいます。ですがルーノは止まらずに走りました。ルーノの耳もとで鳴っている風が、進むべき道を教えてくれているかのようでした。
 もしかしたら、この風は、お父さんが運んできてくれた風なのかもしれません。どこにいるかはわからないけど、さっき夢の中で呼びかけてくれたように、きっとどこかで自分のことを見てくれているんだと思いました。
 すると前方に、ミェニョンの後ろ姿が見えました。
「ミェニョン!」
 ルーノ・ニーフの声に、ミェニョンが立ち止まりました。ルーノは風に話しかけました。あの赤ちゃんを絶対連れ戻そう。そしてお父さんとお母さんの所へ帰してあげよう、って。
 ミェニョンが振り返って、口を大きくあけました。あの『キーン』が向かってきます!ですが、それがルーノに当たる直前、ルーノの前に風が吹き上がりました。あの『キーン』は、風にかき消されてしまいました。風がルーノを守ってくれたのです。
「えっ?どうして?」
 ミェニョンはあわてています。ルーノはミェニョンの方へ歩き出しました。
「その子を返すんだ」
「それ以上近づかないで!」
 ミェニョンはなんと赤ちゃんの顔の前で口を開けたのです!どうくつを崩れさせるほどの『キーン』を赤ちゃんにされたらいったいどうなるのでしょう!
「赤ちゃんを助けたかったらもう追ってこないで!」
 ミェニョンはルーノから少しずつ離れていきます。
「待って!」
 ルーノはミェニョンを呼び止めましたが、それ以上はどうすることもできませんでした。
 すると突然赤ちゃんが泣き出しました。ミェニョンの腕の中であばれています。あかちゃんはみるみる大きくなって、あっという間に、ルーノより何倍も大きな竜に変身してしまいました。赤ちゃんを抱えていたミェニョンは竜のしたじきになってしまいました。