みっつめのはなし/竜の皇子 06

「みみみみみつかっちゃうよー」
「どうしたの?」
 トゲラがたずねました。
「悪いやつが赤ちゃんを狙ってるんだ」
 ルーノが答えました。
「おとなしくその子を渡せ!それとフラルの子供!お前たちも邪魔をするとただではすまないぞ!」
 声がだんだん近づいてきます。
「トゲラ!抜け道とかないモルか?」
「この先は、行き止まり、なんだ」
 すると、ルーノ・ニーフたちが入ってきた穴にゾーシャの足が見えました。ついにあいつがすぐそこまできてしまったのです。
 ルーノは決めました。
「あいつとたたかおう」
 ルシェが、ひっ、と小さな声をあげました。
「どうやら行き止まりのようだな。早くそこから出てこい!」
 入口の穴が小さいので、ゾーシャはそこから中へは入ってこられないようです。
「おまえに赤ちゃんは渡さないぞ!」
 ルーノ・ニーフは力一杯叫びました。
「まったくしょうがないやつらだ」
 ゾーシャはかがんで、穴の中をのぞきこみました。すると目の前に、ルシェを持ったモッちゃんが見えました。モッちゃんは持っていたルシェをおもいっきりゾーシャに投げつけました。ルシェのかたい貝殻がゾーシャの顔に命中しました。
「ぐわっ」
 ゾーシャは鼻を押さえてころげまわりました。
 ルシェはあわててルーノ・ニーフたちのもとへ戻ってきました。
「モッモッモッちゃん!いきなり投げるなんて、ひっひっひどいよー」
 泣きべそをかいています。
「でもあいつをやっつけたモル」
「えっボクが?」
 ルシェはきょとんとしています。
「そうモルよ」
 モッちゃんの示す先に、うずくまっているゾーシャが見えました。
「ボクが…やったんだ……」
 ルシェの顔に、おどろきとよろこびの表情が同時にうかびました。
「もっ…もうお前なんか、こっこっこわくないぞ!」
 そのとたん、大きな音をたててどうくつのかべがくずれ、穴が広がりました。そしてゾーシャがルーノたちのいる穴の中へ入ってきました。
 ゾーシャの体から黒い大蛇のようなものが出ています。長老の家の前でルーノにおそいかかってきたゾーシュとかいうやつです。どうくつをこわしたのもゾーシュのようでした。
「たのむからオレを困らせないでくれよ」
 ゾーシャが近づいてきました。モッちゃんがそのうしろの地面から顔を出し、ゾーシャの足をつかみました。
 急に足をつかまれて、歩いていたゾーシャはみごとに転んでしまいました。
「こいつっ!」
 ゾーシュがとびだしてきましたが、モッちゃんは一瞬早く地面の中にもぐってしまいました。
「もう怒ったぞ!」
 ゾーシャの体がざわざわと動き出しました。そしてみるみるうちに、羽の生えたまっくろな怪物になってしまいました。怪物は羽をばさばさいわせて飛び上がりました。そして、するどい爪でおそいかかってきました。
「みんな、おでの、うしろに、かくれて!」
 ルーノたちは、トゲラのまわりに集まりました。怪物も、トゲラのトゲがじゃまで、なかなか手が出せません。
 しばらくすると、怪物はルーノたちから少し離れた天井の岩に逆さまにぶらさがりました。
「あ…あいつ…あきらめたのかな?」
 ルシェがつぶやきました。ですが、やっぱり怪物はあきらめてなどいませんでした。
 怪物は、大きく息を吸い込むと、ルーノたちめがけて息を吐き出しました。その息は、ものすごく熱い息でした。あつすぎて、息ができないほどでした。いちばん前にいるトゲラは、それを全身に浴びているのです。
「トゲラ、大丈夫?」
 ミェニョンが心配そうに聞きました。赤ちゃんを抱いているミェニョンにはあまり息がかかっていません。怪物は、わざと赤ちゃんをよけて熱の息を吐いているのです。
「へ…平気。みんな、おでの、友達。友達、守る」
 苦しそうな声でしたが、トゲラは笑顔で答えました。それほど、友達ができたことは、トゲラにとってはうれしいことだったのです。
 すると、少しだけ熱さがやわらぎました。ルーノが風の力を使ったのです。
「友達は助け合うものだろ?」
 ルーノもトゲラに向かってほほえみました。ミェニョンも、熱い息がかからないようにペピルをかばっています。
「おまえなんかに負けるかっ」
 ルーノはいっしょうけんめい熱い息を風でおしかえしました。すると、突然怪物があばれだしました。見ると、怪物の背中にモッちゃんが乗っていました。モッちゃんはどうくつの壁を泳いで、天井から怪物にとびついたのでした。怪物はたまらず地面に降りました。するとそこへルシェがとびかかっていきました。
「えーい!」
 またも顔にルシェが当たり、とうとう怪物はゾーシャに戻ってしまいました。けれど、ゾーシャは顔を押さえながらも、逃げようとするルシェをすばやくつまみあげて、ポイッと遠くへ放り投げました。
 ルシェは岩の壁にぶつかって、ポトリとおちました。
「うーん…」
 どうやら気を失ってしまったようです。
 今度は、モッちゃんが地面の下からそーっと手を伸ばしてきました。けれど、ゾーシュがその手にかみつこうと伸びてきました。モッちゃんはあわててその手を引っ込めました。
「さあ。その子を渡してもらおう」
 ゾーシャがゆっくりと近づいてきました。ルーノ・ニーフは風にお願いしました。ペピルを、あいつから守ってくだ…
 一瞬で、ゾーシャはルーノの目の前に来ていました。
「さっきの風、なかなかだったぞ。だが、まだまだだな」
 そして、ゾーシュがあっという間にルーノをはじき飛ばしました。
 その時、ルーノのポケットから、クリム店長にもらったあめ玉がころがり出てきました。ルーノたちをたすけてくれると言ったあめ玉の、残り3つです。ですが、今あめをなめても、変身するだけで、ゾーシャには勝てっこありません。

 変身する……

 ルーノはあめ玉に手を伸ばしました。けれど、手が届く瞬間、あめ玉はゾーシャに踏まれてくだけてしまいました。残りはあと2つになってしまいました。ルーノは次のあめ玉を拾おうとしましたが、これもゾーシャにふみつぶされてしまいました。残りはあとひとつしかありません。ルーノは考えました。最後のひとつを取りに行ってもまたふまれてしまうでしょう。それなら…

 あめ玉がふわりと浮きました。そしてゆっくりとあがっていき、ルーノの頭の上で止まりました。風の力が消え、あめ玉がルーノの手の上に落ちてきます。しかし、ルーノがあめ玉をつかもうとするよりほんの少し早く……それをゾーシュがうばってしまいました。
「なんだこれは」
 ゾーシャがたずねました。
「ただのあめ玉だっ」
「それにしてはさっきから必死に拾おうとしてるじゃないか」
「そのあめ玉は、なめれば、きっとボクたちを助けてくれるんだっ」
「そうか」
 そう言ってゾーシャはそのあめ玉を自分の口の中に放り込みました。
「これでお前たちを助けてくれるものはなくなったぞ。しかし赤ん坊とその少女を渡してもらえればこのまま帰ってやる」
 それを見てルーノはにっこり笑いました。
「やっぱりそれはボクたちを助けてくれるあめ玉だったんだ」
「なんだと」
 そのとたん、ゾーシャの体がどんどんちぢんでいきました。そしてゾーシャは1匹のちいさなカメになってしまいました。ゾーシュの姿もありません。ゾーシャとゾーシュはふたりでひとつにつながっていたのです。
「それはなめたら変身してしまうあめ玉なんだモル」
 モッちゃんが地面から顔を出しました。それを聞いたカメは、あわててそのあめ玉をはきだしました。あめ玉を拾い上げたルーノが、ポケットにしまいながら言いました。
「ただし全部なめきれば元に戻れるんだけどね」
 カメはくやしそうに首をのばしています。でもカメになってしまったゾーシャには、もうどうすることもできませんでした。