みっつめのはなし/竜の皇子 05

「待って!」
 ミェニョンがトカゲを追いかけます。ルーノたちも後を追おうとした時、どうくつの入り口から強い風が吹き込んできました。すると、またあの声が聞こえてきたのです。
 うおーーん…
「ひゃっ」
 ルーノ・ニーフの手の中で、ルシェは固まってしまいました。
「やっぱりここは怪物の巣穴なんだモル!」
 ルーノ・ニーフは耳をすませました。怪物の声はだんだん小さくなり、ひゅるひゅるほうほうという音に変わりました。ルーノはやっとわかりました。
「これは怪物の声なんかじゃないよ」
「なんだって?」
 びっくりしてモッちゃんがきき返しました。
「これは風の音だよ。風がどうくつの中の小さな穴なんかに入りこんで音を出すんだ」
「本当?」
 ルシェが少しだけ殻から顔をのぞかせてききました。
「そうだったモルか。だから風の強い嵐の日にしか怪物は鳴かなかったモルね」
「なーんだそうかあ」
 ルシェもほっとしたようです。
 でもまだ安心はできません。どうくつの前にはゾーシャたちが迫ってきているのですから。そして、怪物がゾーシャをやっつけてくれるかもしれないという希望もなくなってしまいました。
 小さな穴の前にかがんで、ミェニョンが呼びかけています。
「戻ってきて!」
 どうやらトカゲはこの横穴の中に入ってしまったようです。ルーノも穴の中をのぞきこんでみましたが、暗くてよく見えません。
「いいい行くの?」
 ルシェがききました。
「行くわ」
 ミェニョンは力強くこたえました。横穴の大きさはルーノたちがしゃがんで通れるくらいの大きさです。
 するとモッちゃんが言いました。
「オイラが見てくるモル」
 モッちゃんが穴の中へ入っていこうとした時、

 おおーーーん…

 またあの声です。モッちゃんは思わず立ち止まりました。
「だっ大丈夫モル。風の音だモル」
「でもたしかに今、穴の中から聞こえたような…」
「かか風も吹いてなかったよ」
 ミェニョンもルシェも不安そうです。
「みんなで行こう」
 ルーノの提案で、みんなで穴の中に入ることにしました。
 狭いのは入口だけで、そこをくぐると立って歩けるくらいの広さになりました。ルーノたちは一列になって、ゆっくりと進んでいきました。
 すると、その穴の先に大きな空間が広がっているのが見えました。その空間の手前には赤ちゃんが変身したトカゲがいました。
「ペピル!」
 ミェニョンがそう叫んでトカゲの方へかけよりました。どうやらあの赤ちゃんはペピルという名前のようです。
 トカゲがミェニョンの腕の中へ戻った時です。ルーノは見ました。2人の奥の広間から、黒いトゲトゲの大きなものが近づいてくるのを。
「その、トカゲを、離せーー」
 大きな声がどうくつ内にこだましました。
「わっ」
 ミェニョンはその声におどろいてちぢこまってしまいました。
「怪物だ!」
 モッちゃんが叫びました。
「こっちに走るんだ!早く!」
 ルーノの呼びかけで、ミェニョンはトカゲを抱えて戻ってきました。するとまた怪物の大声がひびきました。
「待って!」
「えっ?」
 ミェニョンは思わずふり返りました。
「待って。お願い」
 そして広間の隅っこからその声の主は姿を現しました。
 それは、全身トゲだらけでしたが、大きさはルーノたちと同じくらいで、とても怪物には見えない小さな生き物でした。そしてその生き物は言いました。
「そのトカゲは、おでの、友達に、なって、くれたんだ。連れて、いかないで」
 さっきの、どうくつがふるえるようなおそろしい声ではありません。
「あ…あの声は…キミなのモル?」
 モッちゃんがおそるおそる聞きました。トゲトゲの生き物は答えます。
「うん。ここはどうくつだから、声が、大きく、低く、ひびくんだ」
 ルーノたちはその生き物に近づいていきました。広間に出て、あたりを見まわしてみると、どうくつにさしこむわずかな光のせいで、みんなの影が壁に大きく映っています。怪物だと思ったのは、この影だったのです。
「なーんだ。びっくりさささせないでよ」
「びっくり、したのは、おでの方だよ。ここには、めったに、人は入って、こないから」
「そういえば、キミはここで何をしてたの?」
 ルーノ・ニーフがたずねました。
「おでの体、トゲだらけ。みんな、近づいてくれない。友達も、いない。だから、一人で、ここにいる」
 トゲトゲの生き物は悲しそうに答えました。
 すると、ルシェがはずかしそうに殻からちょっとだけ顔をのぞかせました。
「ボ…ボクが…友達になっても…いいよ」
「オイラもモル」
 モッちゃんも続けて言いました。
「じゃあボクたちは今から友達だ!」
「本当かい?ありがとう」
 ルーノ・ニーフの言葉に、トゲトゲの生き物ははじめて笑顔を見せました。
「おでは、トゲラ」
「よろしく。トゲラ」
 そしてみんなはあくしゅのかわりに、トゲラのトゲの、痛くない所をにぎりました。
 すると突然、トカゲが赤ちゃんに戻りました。
「うわっ!トカゲが…トカゲが…」
 トゲラはびっくりしています。
「これがこの子の本当の姿。わけがあって、ふしぎなあめ玉のせいでトカゲに変身していたの。さあ、こっちへいらっしゃい」
 ミェニョンが手を伸ばしてペピルを抱きかかえましたが、そのとたん、ペピルは大声で泣き出してしまいました。
「しーっ!静かにして!」
 ミェニョンは必死にあやしましたが、ペピルは全然泣き止みません。
「聞こえたぞ!赤ん坊の泣き声が!」
 ゾーシャの声がどうくつ内にひびきました。