みっつめのはなし/竜の皇子 04

「2人はもとに戻るのかなあ」
 トカゲになった赤ちゃんを帽子の下に入れたルーノ・ニーフが言いました。
「わからないモル」
「戻らなかったらケーキ屋のテンチョーに聞きにいこう」
『スウィーザ』のパイは本当においしかったんです。今度はほかのおかしも食べてみたいな。
「でも変身してもあいつには匂いでわかってしまうモル」
「うん。急ごう」
 ルーノ・ニーフたちは歩きはじめました。そしてやっと長老の家の前までたどりつきました。
 ルーノが扉を開けようとした時、上の方から声がしました。
「見つけたぞ。フラルの子供」
 見上げると、屋根の上にあの黒い男が座っていました。ゆっくりと近づいてきたので、ルシェも気がつかなかったのです。
「うそはよくないということを教えてあげよう…やれゾーシュ」
 男が言うと、黒い服から、これまたまっ黒の長いものがとび出してきました。ルーノ・ニーフは必死にそれをよけました。その長いものは、ルーノのすぐ横で、『ガチン』という音をたてた後、ゴムのように男のもとに戻っていきました。男は言いました。
「小僧。おまえフークの息子だな?」
 ドキン!
 ルーノ・ニーフは胸が止まったような気がしました。なぜお父さんのことを知っているの?そう聞こうとしましたが、悪い予感がしてあわててその言葉をのみこみました。
 何も言わないルーノを見て男は屋根からとびおり、ルーノの目の前に立ちはだかりました。
 これで長老の家へ入ることはできなくなってしまいました。
「それに赤ん坊をかくしているだろう?プンプンにおうぞ」
 男は鼻をひくひくさせて、にやりと笑いました。その笑顔は、一瞬でルーノを凍りつかせました。
 するとうさぎが駆けだしました。それを見てモッちゃんが呼びかけました。
「ルーノ!」
 その声でやっとルーノ・ニーフは体を動かすことができました。ルーノたちは走り出しました。男はその場で立ち止まっています。
「やはりな。匂いはあのフラルと同じ場所にある。どうやったか知らないが、赤ん坊はフラルと一緒にいる」
 そして男はルーノ・ニーフたちの後を追いはじめました。

ルーノ・ニーフたちは夢中で走りました。気がつくとガルバリドゥリサーナの街を抜けていました。もう街には戻れません。目の前には、いくつかの丘と、そのうしろにハチミツ山がありました。
「こここ…こっちはダメだよ。ハッ…ハチミツ山のかかかかいぶつにたた食べられちゃうよ」
「そんなこと言ったってうしろからはあいつが追ってくるモル」
「あの丘の向こうにかくれよう」
 ルーノたちは丘を越えて、茂みの中へかくれました。もうとても走れません。するとモッちゃんが何かを見つけました。
「あそこにどうくつがあるモル」
 低い樹々にかくれていますが、そこにはたしかにどうくつがありました。
「だだっダメだよ。行き止まりだったらもうにに逃げられないよ。あああいつにつつつつつつかまっちゃう。それにどうくつのなかなかは何があるかわわわわからないからやだよ~」
 ルシェが小さな声で言いました。
 その時、どうくつの中から声が聞こえてきました。

 うおーーーん…

「ひゃっ」
 ルシェはすっぽりと殻をかぶりました。
「あああ…あそこは怪物のすみかだったんだ!」
 殻の中でルシェが叫びました。
 すると今度は丘の向こうから声がしました。
「匂いが近くなってきたぞ!このゾーシャから逃げられるやつなどおらんのだ!」
 あの黒い服の男…ゾーシャがすぐそばまで迫ってきているのでした。
 ルーノは考えました。そして決めました。
「どうくつの中に入ろう。もしかしたらだけど…怪物があの男をやっつけてくれるかもしれない」
 もちろん、そんなことあるはずないとわかっていました。もしかしたら、あのゾーシャという男よりも危険な所へ行こうとしているのですから。でも、ゾーシャから逃げるには、それしかないように思われました。
「行こう」
 ルーノは歩き出しました。モッちゃんもついてきます。うさぎの姿をしたミェニョンも。ルーノにしがみついているところをみると、ルシェもどうくつに入ることに決めたようです。

 どうくつの中は、奥へ進むにつれて、だんだんと広くなっていきました。
 どこからか光がもれているのか、どうくつの中はそんなに暗くありません。ルーノたちは、でこぼこする岩の間をしんちょうに進んでいきました。
 するとモッちゃんの目の前で急にうさぎがミェニョンに戻りました。
「どっどうやってもとに戻れたモル?」
 ミェニョンは答えました。
「あめをなめおわったの。さいごはちょっぴり苦い味がしたわ。きっとそれがもとに戻る成分だったのね」
 ルーノ・ニーフの帽子の下から、赤ちゃんが変身したトカゲがちょろりと出てきました。トカゲは、ルーノ・ニーフの体を伝って地面におりると、どんどんどうくつの奥へと進んでいってしまいました。