みっつめのはなし/竜の皇子 10

 その時、ゾーシュが「ギーッ」と鳴きました。
「どうしたゾーシュ」
 見ると、ミェニョンが目を覚ましたところでした。まだゾーシュにぐるぐる巻きにされているのでもがいています。
 ゾーシャが冷たい顔になって言いました。
「おじょうちゃん。おとなしくしないとこいつがかみつくぞ」
 ゾーシュががちんと歯を鳴らしました。
「ねえゾーシュ」
「なんだいルーノくん」
「ミェニョンを放してあげて」
 ルーノの突然の言葉にゾーシャはびっくりしました。でもいちばんびっくりしたのはミェニョンでした。
「それはできない。なぜ皇子を連れ去ったのか話を聞かねばならん」
 静かに、ゾーシャが言いました。
「じゃあそれがおわったら…」
「この少女はとても悪いことをしたのだ。だからすぐ自由にすることはできないんだよ」
「赤ちゃんを連れて行ったのは悪いことだけど…でも本当はミェニョンはやさしい子なんだ」
 ゾーシャはルーノ・ニーフに教えるように言いました。
「やさしく見えたのはルーノくんたちをだますためにしたおしばいなんだよ」
「でもゾーシャがでっかい黒い鳥になった時だって…あの熱いのからいっしょうけんめいペピルを守ってくれたんだよ」
 するとペピルがよちよち歩きでゾーシャの前に出てきました。
「ミェニョンのおかげであつくなかったよ」
「それは私も皇子には息がかからないように…」
 ゾーシャが言いかけましたが、ペピルがさえぎりました。
「ルーノはポクをたすけてくえた。だかあルーノのいうことをきかなくちゃダメ!」
 ゾーシャが不満そうに言い返しました。
「あなたは命を狙われたのですよ!ミェニョンを許してしまってよいのですか!?」
「いいよ」
 ペピルはあっさり言いました。
「ペピル…」
 ミェニョンの目に涙が浮かびました。
「ミェニョンも、おでたちの、友達」
 トゲラの言葉を聞いて、ミェニョンから涙がぽろぽろとこぼれだしました。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…」
 ミェニョンは泣きながら、何度も、何度もあやまりました。
 すると、ミェニョンをしばっていたゾーシュがほどけはじめました。ミェニョンはおどろいて、ゾーシャを見上げました。
「ゾーシュが、ずっとしばってるのは疲れるというんでな」
 ゾーシャはぶっきらぼうに言いましたが、ミェニョンにはそのやさしさがとてもよく伝わりました。
「もう2度とわるいことはしません。竜の国に行ったら、なぜこんなことをしたのか、ちゃんと話します」
 涙をぬぐいながら、ミェニョンはきっぱりと言いました。
 するとそこへクリム店長がやってきました。
「長老。さっき変な男が店に来て…うわあっ」
 店長はゾーシャがいるのを見てとびあがりました。
「ルッ…ルーノくんたちを放しなさい!わっ私が相手になってやる!アチョー!」
 そんなクリム店長を見て、ルーノたちは笑いました。長老がゾーシャのことを説明してくれて、店長もやっと納得してくれました。
「事を内密に運ぶために身分をあかせなかったのだ。すまない」
 ゾーシャの言葉に、クリム店長は笑って答えました。
「なあに。いいんですよ。またうちにケーキを食べに来てください」
「あれはおいしかった。またぜひうかがわせていただこう。ただし変身あめはこりごりだ」
 そしてまたみんなで笑いました。

 ゾーシャとペピルは、トゲラとミェニョンを連れて、竜の国へ帰っていきました。4人の背中に向かってルーノは呼びかけました。
「ゾーシャ!また会おうね!」
 ゾーシャは半分ふりかえって、ちょっとだけ帽子のつばを持ち上げてルーノに応えました。
「ペピル!トゲラ!今度いっぱい遊ぼうね!」
 2人は、手としっぽを振って応えました。
「ミェニョン!」
 ミェニョンがふりかえりました。
「ガルバリドゥリサーナへ遊びにきてね!」
 ミェニョンは涙をいっぱい浮かべて、にっこり笑いました。

 4人を見送った後、長老がクリム店長に言いました。
「ところで今日は何の用かな?」
「あっそうだった!」
 思い出して、クリム店長はポケットから硬貨を取り出しました。
「これはゾーシャさんがクッキーの代金として置いていったものです。その時は彼が何者かわからなかったので、長老にこのお金を見てもらえば何かわかると思いまして」
 クリム店長は長老に硬貨を渡しました。
「ふむ。これはたしかに竜の国の通貨じゃ。これ1枚ででっかいケーキ100人分は作れるぞ」
「ひゃあ」
 クリム店長はひっくり返ってしまいました。そんな店長を見て、ルーノはおなかをかかえて笑ったのでした。


                     みっつめのはなし おしまい