みっつめの話 「竜の皇子」

みっつめのはなし/竜の皇子 01

 みはらし山から見おろす、ルーノ・ニーフたちが住むフーチ大陸は、とてもすばらしい景色です。
 いつもはね。
 今日はちょっとちがいました。空いちめん、灰色の雲がおおっていて、とてもうす暗いのです。
「嵐がきそうだな」
 空を見ていたウットさんは、そうつぶやいてココノツボシ天文台の中に戻っていきました。

「いってきまーす」
「こりゃルーノ!どこに行くのじゃ」
 長老に呼び止められて、玄関の扉を閉めようとしていたルーノ・ニーフは、扉から顔だけ出して答えました。
「てくてく橋」
 てくてく橋は、みはらし山から流れるウルル川に架かっている橋です。
「今日は外に出ちゃいかん」
「なんで?」
「空を見てみなさい。もうすぐ嵐になるぞ」
 空をゆびさして長老が言いました。
「まだ大丈夫だよ。それにモッちゃんとまちあわせしてるんだ」
「モッちゃんは嵐でも平気だろうがお前はそうはいかんじゃろう。モッちゃんにも早く帰るように言っておきなさい」
「はーい」
 ルーノ・ニーフはつまらなそうに返事をして扉を閉めようとしました。すると再び長老に呼び止められました。
「こんな嵐の日は決まってハチミツ山の怪物が暴れ出すからな。寄り道するでないぞ」
「うんわかった!」
 元気よく言ってルーノ・ニーフは長老の家をとび出しました。

 今にも雨が降り出しそうな空の下、フードをかぶった少女が小さなものを大事そうに抱えて走っていました。とても急いでいるようで、そしてとても疲れているようでした。何度もうしろをふり返っています。まるで何かに追われているかのように。
 少女はてくてく橋にさしかかると、橋を渡らずに、橋の下にもぐりこみました。しばらくそこにじっとうずくまっていましたが、いつのまにか眠ってしまったようでした。
 すると、小さなものが川からそーっと顔を出しました。とってもこわがりのルシェです。ルシェはさっきからずっと少女のようすをうかがっていました。
 よく見ると、少女の体はどろだらけです。
「どどど…どうしたんだろう。ここ…この人も…ボボボクと同じくらい…何かをこわがってるみみみみみたいだ」
 すると少女の抱えているものが動きました。ルシェは「ひっ」と言って殻の中に頭を引っ込めてしまいました。ルシェはいつもびくびくしていて、すぐに殻に閉じこもってしまうのです。
 おそるおそる殻から顔を出して、動いているものをのぞこうとした時、急にうしろから声をかけられました。
「やあルシェ」
「ひいっ」
 またもやルシェはとびあがって殻の中にかくれてしまいました。
「ごめんモル~。何してるんだモル?」
 土の中からちゃぷんと顔を出したのはモッグル族のモッちゃんです。モッグル族は土の中をまるで水中を泳ぐようにスイスイ動けるのです。
「なななーんだ。モッちゃんか。びびっくりしたあ」
「この子は誰モル?」
 モッちゃんが少女をゆびさしてききました。
「わわわからないよ。でも何かからにに逃げてるみたい」
 その時、少女が抱えている、布にくるまれたものが動きました。びっくりしたルシェは川の中に入ってしまいました。
「モモモッちゃプクプク。あププないよプクプク」
 ルシェが川の中から声をかけました。
「赤ちゃんだ」
 モッちゃんが言いました。少女の抱えている布の中には、かわいらしい赤ちゃんが眠っていました。
 するとルシェの近くの水面に何かが映りました。ひゃっ!ととびあがって、ルシェはまたぽちゃんと川の中に沈んでいきました。
 水面に映ったのは、橋から顔を出したルーノ・ニーフでした。
「おーい!おまたせー!」
ルーノ・ニーフはモッちゃんを見つけて手を振りました。
 ルーノ・ニーフの声で少女は目を覚ましました。目の前のモッちゃんに気がつくと、赤ちゃんを守るように抱きかかえました。
「あ…あなたたちは誰?」
 おそるおそる少女が言いました。とてもきれいな声です。
「オイラ、ネヴィ・モッツェルティーノ。みんなはモッちゃんって呼んでるモル。橋の上にいるのがルーノ。そいでこれがルシェ」
 モッちゃんはルシェを川から持ち上げてみせました。
「ここここんにちは」
 ちょこっとだけ殻から顔を出してルシェはあいさつをしました。
「長老が嵐がくるから外に出ちゃだめだって!だから今日は遊べないんだ!キミも早く帰ったほうがいいよ!」
 ルーノ・ニーフが橋の上から大きな声で少女に言いました。
 たしかに、さっきよりも風が強くなってきています。灰色の雲がすごい速さで空を流れていました。
 少女はちょっとの間何かを考えているようでしたが、やがて小さな声で言いました。
「おねがいします。たすけてください」